指揮なしパレード 1

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代々木公園には芽衣子も誘ったけれど、その日は仕事だと断られた。いずみはオイちゃんと一緒に子連れで来ると張り切っていたのに、オイちゃんも仕事で来られなくなり、志保はちょっと寂しかった。人数が少なくなったからではなく、みんな仕事を頑張っていてえらいな、と思うと、自分はなにも頑張っていないような気がして寂しかったのだ。

 

待ち合わせの時間に遅れてきたいずみは、いちおうメイクはしていたものの、頭の後でひとつにしばった髪はおくれ毛だらけだし、Tシャツは汗だくだし、まるで校庭を10周くらいダッシュしてきたみたいだ。母親って、どうやらたいへんな仕事らしい。

 

志保がまだ高校生だった頃、体育の教師だったいずみは、それこそ毎日うす汚れたジャージで校内を歩いていたけれど、もっとオレンジ色の印象だった。たとえばフロリダ産完熟バレンシアオレンジみたいな、輪郭のはっきりした色。

今も印象としてはオレンジ色をしているのに、心なしか淡い。短い産毛で覆われたビワみたいに、かすみがかかっている。

もちろんあの頃から10年以上経っていて、年をとったせいもあるかもしれない。でもそれだけじゃなくて、なんとなく疲れて見える。

今日、オイちゃんがドタキャンしたことと関係がありそうだ、と志保は思った。

 

「結婚したり子供がいるからって、頭の中が大人になるわけじゃないよ」

そう言ういずみのオレンジ色はビワよりも淡くなり、オレンジフルーチェくらい白に近づいた。

だから、とりあえず何か面白い話をしよう、と志保は思った。たとえば整形の後日談とか。

ちょっと振ってみると、いずみは食いついてきた。よし、これで少しはオレンジ色の彩度が上がった。

あともう一息。

 

「で、会社のジジババ達にバレたわけよ」

「うっそ。すぐにバレたの?」

「即日だよ」

「やだほんとに?ちょっと聞きたいわ、その話」

 

よし、これでテンションもあがった。

志保はペットボトルの緑茶をごくりと飲んで、整形後に初出勤した日のことを話し始めた。

 

朝、出勤していきなり課長に言われたわけよ。

「あれー、志保ちゃん。なんだか顔、変わった?変わったよねえ?」

ほんと、まじかよ、って感じだった。まじかよ、このメタボオヤジ。大手の会社だったら、これってセクハラ確実だっての!とは思ったんだけど、とりあえずいつもの"あたし何にも知らないバカなんです"笑いでヘラヘラしといたの。

そしたら隣の席の浜田さんがさ、浜田さんて、暑い寒い眠いやる気ないとか、ぜんぶ「更年期のせいね」で終了させちゃうおばちゃんなんだけど、その人が、老眼鏡をはずしてあたしに顔、近付けてくるわけ。距離10センチくらいまで。チューしますか的な近さ。近いっつーの。ていうか老眼って近いところ見えないんじゃなかったっけ。まあいいや。

 

「あら、ほんと。ちょっとあんた、腫れてるじゃないのよ。もしかして、なんかやったんじゃないの?」

「まさか。なにもやってないですよ。ちょっと昨日、いろいろあって泣いちゃったんです」

「あらそう?いろいろね。若いといろいろあっていいわねえ」

とか言って浜田さん、ニヤーっと笑ったんだけど、もうね、どう見ても「お前の嘘などまるっとお見通しだ」って顔。ああバレてるな、と思ったらもう隠してるのもバカバカしくなって、「本当はプチ整形して二重にしたんですよ。よくわかりましたね」ってカミングアウトしちゃった。

それにしてもみんな、ひとのことよく見てるよね。あたし、ひとりだけ年齢が離れてるじゃん?だからミソ扱いっていうか部外者みたいな感じでラクだったんだけど、認識、甘かったね。やっと気づいたよ。遅いってな。

 

でさ、午前のうちにはもう整形のこと、会社中に知れ渡ったみたいなんだよね。早いよ、まじ早い。

やつらの伝達能力をあなどってた。あたし、午前中にいつも社内のお昼のお弁当の注文取ってまわるのね。その日の注文数をまとめて、近所の弁当屋にデリバリーを発注すんの。その日も営業部のある3階へ上がってさ、ついでにトイレへ寄ってこうかなー、と思って行ったわけよ。女子トイレに。したらさー、ドアあける前に声が聞こえんの。

 

「......らしいのよ。まったく親がかわいそうだわ。せっかく健康に産んだのにねえ」

「それってあの、プチ整形ってやつかしら」

 

もーね、誰がしゃべってんのか、すぐわかった。花園さんと畑山さん。花園さんは"総務部のエリザベス女王"で、畑山さんは"侍女その1"なの。なにそれって、社内でそう呼ばれてんのよ。単に会社創業当時からいるからって理由みたいよ。もちろんふたりとも普通にスーパーで買い物してるような普通のおばちゃんだし、侍女その1がいるんなら、その2は一体誰だよって感じなんだけど。

で、そのふたりがすげー喋ってんのよ、あたしのネタで。

 

「プチだかブチだか知らないけど、いつもの糊、今日はくっついてないのよ。あの子、いつもまぶたに糊つけてたじゃない」

「ああ、アイプチ。やってたわ。あれって肌が荒れないのかしら」

「なんだか知らないけど、糊よ糊。まったくエビちゃん気取りもいい加減にしてほしいわよ」

 

は?ですよ、まじで。エビすか、みたいな。あたしそんな美人を気取っちゃっていいんすか、みたいな。ていうか気取ってないって。そもそも目指してないし......まあ、あんな美人だったらどんだけ人生楽しいんだろ、とは思うけどさ。

 

「あの子、絶対エビちゃんみたいになりたいのよ。ほら、なんだっけ?イマル?イマルみたいな男、狙ってるのよ」

「ああ、イルマリね。どうなるのかしらね、あのふたり」

すげー畑山さん、話あわせつつなにげに女王を訂正してんじゃん。さすが侍女!とか思って、ちょっと笑ったんだけど。

 

「私、ふと思っちゃったわ。うちの息子、あの子と同年代じゃない。息子があの子みたいな女を連れてきて、結婚したいって言い出したらどうしようって。もう絶対に反対するわよ。絶対反対よ。嫁にしたくない女ナンバーワンよ」

「そうねえ。嫁にはしたくないわねえ」

「ああいう子が嫁だったら、絶対いびり倒してやるわ!」

「いいわねえ、それ」

 

ちょっといずみちゃん、ここ笑うとこじゃないって。

だって"嫁にしたくない女ナンバーワン"だよ?いびり倒してやりたくなるような人間なんだよ?あたし的には、当たり障りがないようにやってきたつもりなのに、あたしがぜんぜん知らないところで、当たってたし障ってたのかと思ったら、やっぱり落ちるし考えるよ。

ああもう、めんどくせー。会社なんて辞めちゃおっかな。ま、辞めないけどね。お金欲しいし、クビにされるまで図々しく居座ってやる。

 

おまけに忘れてたんだよね。今の会社、伯母さんから紹介してもらったこと。忘れてたあたしもあたしだけど。つーわけで、その日の夜に、いきなり実家の母親から電話がかかってきたの。

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プロフィール

◆松永まき◆
8月28日、東京都生まれ。
某童話賞と某掌編小説賞を受賞(別名で執筆)。
オーディオドラマ『レッツ・キャラメライズ!』原作担当。
→こちらで聴くことができます。
地味めに生きてます。

カレンダ

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