「別に説教しようというわけじゃないから安心して。売上は達成してるし。ギリだけどね。みんな頑張ってると思ってるわ」
椅子に座るなり、店長は眉根を寄せて言った。接客時の穏やかさとは正反対の厳しい顔をするのが、この人の特徴だ。仕事のダメ出しではないとしたら、なぜ呼び出されたのだろう。
「ねえ、沢村さん。この間、トイレの鏡の前でぼやーっとしてたでしょう。あなた最近ちょっと疲れ気味じゃない?」
「いえ、そんなことはないですけど......」
「そう?だったらいいんだけど。ほら、食べなさい。しっかり食べて寝なくちゃ、しっかり生きて行けないわよ」
「ええ、はい、いただきます」
店長の頭の中が読めない以上、芽衣子は素直に返事をするほかない。ふたりは向かい合って無言のまま食事をした。気まずくて芽衣子の箸が進まないのに、店長はちゃっちゃと威勢よく食べている。しばらくすると店長が顔を上げた。
「ねえ、沢村さん。あなた自分の長所と短所をわかってる?」
突然そうきかれて、芽衣子は口に運んでいた箸を止めた。
「長所と短所......ですか?」
芽衣子が答える暇を与えず、店長はちゃっちゃと言葉を続ける。
「弱みは優柔不断で臆病なこと。後輩スタッフ達には優しくて好かれているけれど、時には叱り飛ばすこともできないとナメられるわね。逆に優柔不断さは他人に対して柔軟さでもあるの。人の意見を固定観念なしに受け入れられるということだから。それは裏を返せば強みなのよ。実際、お客様が何を求めているのか察知する力は、他の人に比べても高い。あなた、長女でしょう?」
まるで占い師のようだ。確かに芽衣子は長女で、下に弟と妹がいる。
「自信がないから派手で無理な販売はしない。美人のBAさんに乗せられて買っちゃったわ、というお客様は、あなたには少ないわ。スタンスとしては堅めね。その代わり、あなたについてるお客様はわりと多いの。無駄なものは薦めず、欲しいものだけピンポイントで押さえてもらえるからよ」
「それは、もっと積極的な販売をした方がいいということでしょうか」
「そうとも言えるし違うとも言える。お客様の中にはノリで買いたい人もいて、あなたはそういうタイプの人を逃しているの。そのタイプが得意なスタッフはいるから、任せてしまうのもこの店にいる限りはいいわよ。ただ異動になった場合、そういうお客様も取り込める力をあなた自身が持っていた方がいいでしょ。その力があれば怖いものなしじゃない。お得意がつく力はもともとあるんだから、自信を持ちなさいよ」
ということは、もしかして近いうちに異動でもあるのだろうか。
「やだ、異動話が出ているわけじゃないのよ。ああもう......さっきから言葉がぜんぶ裏目に出てる。私の長所と短所は自分でわかっているけれど、あなたには言わない。勝手に想像してくれていいわ」
店長は自虐的に笑って食事の続きに取りかかった。店長のトレーに目を落とすと、照り焼きチキンの皮の部分をすっかり取って皿の端によけてあった。皮は嫌いらしい。それを見ると、付き合いづらいと思っていた店長が、急に身近な人間に思えてきた。
この人は、ただ本当に私のことを心配してくれているのだろう。ようやく、それがわかってきた。
皮を残して食べ終えた店長は、コップの水を飲み干してひと息つく。
「ねえ、沢村さん。あなた仕事以外で悩みがあるんじゃないの?」
「え?」
「自分ひとりで考えてばかりだと潰れる時もあるわよ。誰かに相談するなり、聞いてもらうなりしないと。最後は自分で結論を出すとしたって、聞いてもらうだけでラクになるものよ」
「ええ」
「話を聞いてもらえる友達、いるでしょう?まあ、どうしても聞く人がいないなら私が聞くけれど......。じゃあ、私は先に行くわ。今日は店に戻りませんから。ゆっくり食べなさい」
店長はトレーを持って、そそくさと席を立った。残された芽衣子はオムレツをつつきながら、自然と微笑んでいた。店長、意外といい人なのかもしれない。
店長の短所はきっと、高圧的な雰囲気と話し方のせいで、優しさが他人にとってはわかりにくいところだろう。それはコミュニケーション能力の欠如でもあり、上に立つ人間としては致命的な欠点だ。彼女はその欠点と戦ってきたに違いない。今まで敬遠してきた店長のことを、なんだか愛おしく感じた。
夕方、会社が終わる頃になり、どの店も客足は増えてきた。早出だった芽衣子が、あと30分で仕事が終わると思いながら一回だけ肩を上げ下げして背筋を伸ばし、最後の気合を入れた時だった。
「ちょっとそこのお姉さん」
芝居がかっただみ声にぎょっとして、それでも笑顔を忘れずに振り向くと、志保がにやにや笑って立っていた。仕事あがりにここへ来たにしては時間が早すぎる。そうだった、と芽衣子は思い出した。志保の会社は金曜も休業になってしまったのだ。そういえば今日は金曜日だ。
「なによもう、びっくりさせないでよ。どうしたの?」
「どうしたのって、あたし、ここの美容液使ってるんだよ?ネットで買えば安いのにさー、わっざわざ買いに来てあげたんじゃん。感謝しろっての」
「あらあら申し訳ございません、お客様。こちらの美容液でよろしいですね?」
「そちらでよろしいですのよ。ところで仕事は何時に終わるの?せっかく来たんだし、終わったらごはん食べよ。おごるから」
店長といい志保といい、今日はやたらと食事に誘われる日だ。志保は美容液の入った紙袋を受け取り、仕事終わったらメールちょうだいと言い残して去っていった。それにしても「おごるから」なんて、時短勤務で給料も減ったはずなのに、そんなに余裕のあることを言っていて大丈夫なのだろうか。
志保の行動は予想がつかない。
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