電話口で、いっきなりお母さんが怒鳴りやがって。
「整形って、どういうことなの!」
予想外の展開......ていうか早っ!おまえら昆虫かよ?あ、こないだテレビで、昆虫がフェロモンを使って素早く伝達するっていうのを観たばっかりだからさ、そう思っちゃったんだけど。とにかく情報伝達、早っ!まあ、社内の誰かが伯母さんにチクって、母親の耳に入ったんだろうけどね。あたし的には、もう少し時間をかせいでまぶたの腫れがひいたら、親と直接会っても大丈夫かな、と思ってたのに、これじゃ計画倒れじゃん。
「や......やだなあ、整形なんてしてないよ」
とかいちおう答えてみたんだけど、声がうわずっているのが自分でもわかんの。これじゃ「あたし嘘ついてます」って言ってるようなもんじゃん。
したらさ、電話の向こうが一瞬だけ静かになった。この沈黙ってかなりやばいんですよ、ほんとに。嵐の前の静けさっての?予想どおり、そのあと怒涛の攻撃がスタートしたわけよ。
「あなた嘘ついてるでしょう、あなたの嘘はすぐわかるのよ、整形したってどういうことなの、芸能人でもあるまいしどういうつもりなの、お父さんにはなんて言うつもりなの、いつやったの、どこでやったの、いくらかかったの......」
こんな感じで、何をどういう順番で怒鳴られたのか覚えてないけど、すげー攻撃力。
「だからー、整形って言ってもたしたもんじゃないってば......矯正、ほら、歯の矯正とおんなじようなもん。お姉ちゃんなんか子供のころ矯正やってたじゃん。あっちの方がよっぽどすごいって」
あたしが反撃したら、逆に相手の攻撃力がアップしちゃって。
「歯の矯正と整形はぜんぜん違うわよ。ぜんぜん!」
「どこが違うってのよ?出っ歯が治って、顔、変わってたじゃん!」
「出っ歯は体に悪いの!一重は体に悪くないじゃないの!」
「でも出っ歯だからって死ぬわけじゃないでしょ!」
「お母さんは出っ歯の話をしたくて電話してるんじゃないんです!もう、あなた27才にもなって何やってるのよ。やっとちゃんとした会社で働くようになったと思ったら、夜はふらふら遊んでいるみたいだし、おまけに整形ってどういうことなの。会社だって業務縮小でお給料が減ってるんでしょう?結婚する気配もさっぱりないようだし、先のことをもう少し考えなさいよ......お母さん悲しいわ」
だからー、いずみちゃん、ここ笑うとこじゃないから。あたし的には"嫁にしたくない女ナンバーワン"の次はこれかよ、みたいな感じでかなり落ちたわけよ。27才にもなって何やってるの、将来のことを考えなさいって......いちいち言われなくても、そんなことわかってるっつーの。とか考えたら体も頭も重くなっちゃってさ、生理前だったからよけいに。その時テレビついてたんだけど、バラエティ番組とかぎゃーぎゃーうるさいから消えろ!みたいにひとりでキレてテレビ消してみたり。
で、なんとなくあいつのこと思い出した。あいつだよ、聡史。そうそう、説教好きのモトカレ。ひとにあれこれ指図するのが生きがいみたいな男。聡史にもよく言われたんだよね、「ちゃんとしなよ。志保はなにがしたいの。やりたいことってないの。人生の夢とか目標とかないの」って。
はじめはあたしも、それが聡史なりの愛情で、あたしのことを心配してくれてるんだなー、って信じてた。でもだよ、聡史ってあたしのケータイをチェックしたり、部屋の引き出しをあさったりしたじゃん?ありえなくね?別れ話をすると半泣きになるし、途中で逆ギレするし、殴られたらどうしようってちょっと怖かったんだけど、さすがにそこまで最低男じゃなかったね。別れるって決めた時なんかさ、「オレ、まだ志保のこと好きだから。30才になってお互いにまだひとりだったら、絶対に結婚しような」とか涙声で言ってて、若干かわいそうだった。
あ、この話、前にもしたか。えっと別れたのは1年くらい前だったかな、今は普通に友達。メールしたり、たまーに飲みに行ったり。まだ「30才になったら」とか言ってるけどね。まじでほんとに友達だって。だってしてないし。したそうな時も正直あったけど、さすがに阻止したし。ていうか、いずみちゃん、疑ってんの?
あー、また話がズレた。
とにかく親に説教されて思ったのは、やりたいことがなくちゃダメなの、ってこと。夢や目標がないとダメなわけ?テレビのドキュメンタリー番組なんかでよく「たび重なる困難の中、それでも彼女は夢を捨てなかった」みたいなナレーションが入るじゃん。いろんな歌も「夢を持とう」みたいな歌詞ばっかじゃん。
夢ってそんなに大事っすかね?
そんなに大事なら、夢も目標もないあたしは、救いようのないダメ人間だよね。
だいたいさ、二重にするのはずっとやりたかったことだし、ある意味あたしの夢だったんだよ。思いつきなんかじゃないし、いちおうちゃんと病院も調べて、お金も貯めて、自力でかなえた夢なわけ。普通の毎日の中の、普通の夢。そういう、普通に目の前にある毎日を生きてるだけじゃダメなのかな......なんて、それこそ27才のいい大人が考えることじゃないよね。10代ならまだしも、27才って言ったら、普通は夢を実現してる年齢だもん。
子供のころによく「将来の夢はなんですか?」とか大人に聞かれるじゃん。その将来って今なわけで、今の私はこういうぼやんとした人生送ってて、挙句の果てには"嫁にしたくない女ナンバーワン"とか言われてるし。抱かれたくない出川とかエガちゃん以下だよ。だって出川やエガちゃんは芸人じゃん。あの人たちの夢がなんだったか知らないけど、まあいちおう芸人になってるわけでしょ?
とかいろいろ考えてたら、さらに重くなっちゃって、誰かにメールしたくなったから、いちばん最初に思いついたヒナタに「整形して二重にした」みたいなメール打ったの。そしたらすぐ返事が来て「豊胸もやったら教えてください(写メ付きで)」だって。なんだよ"カッコ写メ付きで"って。バカだよなーこいつ、と思ったら、少し元気になってさ......。
志保がここまで話したところで、悠太のパンくずだらけの口をハンカチで拭いていたいずみが、突然手を止めた。
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