志保は迷走中 3

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P1000016.effected_m.jpg 「それ、じゅうぶん腫れてるじゃない!痛くないの?」

といずみが志保の顔をのぞきこむ。志保のうわまぶたは、わずかにピンク色を帯びて、ふっくりむくんだようになっていた。

「もう痛くないし、手術後2日でこの腫れ具合って、たぶんあんまり腫れてない方だと思うんだけど。もっと腫れる人は腫れるよね、メイ先輩?」

「なんで私に振る?」

「だってBAの人って整形してる人多そうだし」

「まあ、いなくもないけど、極秘事項はやっぱりお互いに話さないからなあ。お客さんの整形はメイクしててわかる時もあるよ。ああこれ糸の結び目だな、って。そういう時は心持ち目元をソフトに扱うの。糸がほどけた、なんてクレームつけられても困るから」

「やっぱりわかるんだ。さすがプロだね」いずみはしきりに感心しながらも、視線は志保のまぶたに釘付けだった。「なんていうか、私のまわりは普通の人間ばっかりだから、整形なんてしてる人はいないのよ。しーちゃんが初めてだ。初めて見た」

 

「そお?」

志保は少し得意げになりながら、心の中では「あたしなんてうんざりするくらい普通だよ」と思った。親はふたりとも公務員で、3つ年上の姉も市役所に就職し、職場結婚をした。地味でまじめな木崎家。志保が、自分の家族の地味さに気づいたのは小学校4年生の夏休み、家族で宮崎旅行にでかけた時のことだ。

 

ビーチはさんさんと太陽が照りつけていてまぶしかった。両親は海に入らず、貸しパラソルの下にシートを敷いて座り、志保は姉と一緒に浅瀬で遊んだ。しばらくして姉は体が冷えたらしく、「先にあがるから志保もすぐ来なよ」と言い残して、パラソルの下へ歩いて行った。志保はまだ遊んでいたかったけれど、叱られるのも嫌だったので、浮き輪を抱えて海からあがった。

 

色とりどりのパラソルで花が咲いたようなビーチを見渡す。赤、青、緑、黄色。砂の上にはさまざまな色と模様があふれていた。水着の色もビーチを華やかにしている。花柄の水着、青と白のストライプのビキニ、迷彩色のトランクス。

 

その中で、ひときわ地味なたたずまいのパラソルがあった。いや、パラソル自体は派手なオレンジ色なのに、その下にいる人間がみんな地味だったのだ。紺色のワンピース水着を着ている母、紺色のトランクスに紺色のTシャツを着ている父、姉にいたっては紺色のスクール水着だ。

そして志保が着ているのもスクール水着だった。

 

ぜんぜんかわいくない。ぜんぜんおもしろくない。

 

それまでなんとも思わずに着ていたスクール水着が、突然むしょうに恥ずかしくなった。

次の日から旅行を終えるまでの3日間、志保はずっと機嫌が悪く、両親にさんざん叱られた。しかし志保はこの旅行で、宮崎の海に誓ったのだった。

「あたしはかわいく、おもしろく生きるんだ!」

 

とはいえ、木崎家にしみついた地味さとまじめさは、志保の意に反して志保の中にも引き継がれていて、何をやってもいまいち思いきれないところがあった。整形といっても、たかが埋没法止まりだ。志保としては、その中途半端さもコンプレックスのひとつで、だから誰かをうらやましがってしまう。その結果、服装も行動もしっくり定まらない。

 

「整形っていっても、切ってないんだよ?あ、由香が起きたっぽい」

ほんとだ、といずみはベビーベッドへ小走りし、泣き始めた由香を抱き起こして言った。

「でも私にしてみれば立派な整形手術だよ。今の若い子はそういうの普通なの?メイちゃん、どうなの?」

「だからなんで私に振るのよ。だいたい志保も私ももう若くないし。年齢に関係なく、整形する人はすると思うよ。お金とリスクをかけてでも整形すれば幸せになるはず、って思えば整形するし、そう思わない人はしないだろうし。志保は幸せになれると思うから整形したんでしょ?」

「......まあ、そうだけど」

「あと、環境もあると思う。整形経験のある人がまわりにいると、抵抗なくいじるよね。志保って友達に整形した人いるでしょ?」

「......まあ、いるよ。その子ね、3人姉妹の一番下なんだけど、二十歳の誕生日に埋没やったの。上のお姉ちゃんふたりは、もっとやってる」

「やっぱりね。で、志保は満足してるんでしょ。まだ腫れてるからわかんないか」

「わかんなくない!わかる!満足してるよ!......なんでそういう冷たいこと言うかな」

志保が芽衣子の腕にすがりつくと、芽衣子はニヤッと笑った。

 

志保は行動力だけはあるのに、いつでも焦点が定まっていないのだ。欲しいものがありすぎて、何が欲しいのかわからなくなってしまうタイプ。しかも打たれ強いから、失敗しても手を変え品を変え、あれこれ挑戦を繰り返す。だから芽衣子は、ついつい突き放したことを言ってしまう。そうしないと、志保は本当の答えをなかなか見つけ出さないような気がして。

 

芽衣子はそういう志保が嫌いじゃない。むしろ、素直でいいと思っていた。その素直さが自分にもあれば、もう少し物事がうまく回るんじゃないかとさえ、思う。

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プロフィール

◆松永まき◆
8月28日、東京都生まれ。
某童話賞と某掌編小説賞を受賞(別名で執筆)。
オーディオドラマ『レッツ・キャラメライズ!』原作担当。
→こちらで聴くことができます。
地味めに生きてます。

カレンダ

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