上を見たらキリがないし、下を見たってキリがない。
私は今、幸せなの?それとも不幸せなの?
他人と比べたところで答えなんて出てこないことはわかっているのに。
それでも、高い空を見上げて、太陽のまぶしさに目を細めてしまう。
深い谷底をのぞきこんで、私の居場所の方がまだ太陽に近いと安心してしまう。
「ここでいい」ではなく「ここがいい」と思えるような愛おしい場所は、いつになったら見つけられるのだろう。
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たとえば木崎志保。
志保は今、土曜日午後12時半の電車の中で、目の前に座っている女の子の髪を、ギャル風の大きめなサングラス越しにじいっと見ている。
この子、学生かな。根本の色が変わってないってことは、カラーやったばっかか。この髪型、いいな。こいうの、やりたいんだよな。ていうかさ、元がサラサラの髪だからこんなゆるパーマでもかわいいけど、あたし、髪かたいし多し。無理っぽい。
女の子が視線に気づかないのをいいことに、5駅分たっぷり髪を凝視して電車を降りる。ここで芽衣子と待ち合わせをしているのだ。予定より10分遅刻。改札の外は、線路に沿って昔ながらの商店街が続いていて、商店街からななめにのびる遊歩道は、街路樹の緑が鮮やかだ。
芽衣子は春らしいシフォンのトップスを着て、券売機の前にいた。志保が正面に立っても、芽衣子がちっとも気づかない様子なので、大きく手を振って声をかけた。
「遅れてごめん」
「志保か!誰かと思った」
芽衣子は驚いて、大きい目がさらに大きくなる。そして微笑むとかわいらしく瞳がうるむ。
いつ見ても芽衣子は美人だな、と志保は思った。
お肌、つるつる。毛穴、限りなくゼロに近い。さすが百貨店でBAをやっているだけある。背はそれほど高くないけれど、小顔だし細いからバランスがいい。美人の人生って、きっと何かと得なんだろうな。若干イラっとする。と嫉妬の種火が点くものの、ここは大人として平静を装うのが礼儀......のはずなのだが、志保の場合は装えない。
「つーかメイ先輩、美人でむかつくんですけど」
遅刻した人にいきなりむかつかれても、と芽衣子は思ったけれど、志保の言うことをいちいち拾っていたら、つっこみどころが多すぎて疲れてしまう。芽衣子は真顔のままスルーして話題を変えた。
「ところで、今日はなんでギャル系なの?」
「え?だって、ほら、その......」
志保がサングラスのフレームを両手で押さえて、少し後ずさる。
「だって今日は絶対サングラス必要だから、そこ基本に全身合わせたらこうなったっていうか」
志保の服のテイストが、会うたびにころころ変わるのを、芽衣子はもう見慣れていた。なにしろ、高校時代からお互いを知っている。沢村芽衣子は、志保が1年生の時の3年生で、ふたりは同じ部活に所属していた。志保の気まぐれは見慣れているけれど、必ずつっこんでみるのが、ふたりの間での"お約束"みたいなものなのだ。
「微妙にわかるような、わからないような......それはともかく、ちょっとサングラス取って見せて」
芽衣子が言うと、
「ダメ!あとで!いずみちゃんちに着いたら見せるから!」
志保は答えて、さらにおおげさに3歩あとずさった。
志保が今日、サングラスをしているのには理由がある。
おとといの木曜日に、有休を取って二重の手術をしてきたばかりなのだ。
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