今週の月曜日、業界団体の総会、懇親会が東京会館で行われた。
御開きの後、東京駅まで中通りを歩いた、18時過ぎ。こんな時間が大好きです。
この日は小雨も降っていたからほの暗く、しっとりとした空気の中、ショウウインドの灯りが立ち始めてきた。
5月の連休明けから7月終わりころまでかな、会社を出てもまだ外は明るい。
若い頃は先輩に連れられて近所の飲み屋によく行った時刻だ。
またここ中通りは新入社員時代(1970~)大手広告会社のH社の営業本部が点在していたところ。新有楽町ビルには第一本部、国際ビルには第二本部、富士ビルには第三本部。
当時はFAXもMailも無い時代(!)、新入社員は使い走りでよく書類を届させられた。少し仕事をこなせるようになってからは一日の大半をこの近辺で過ごした。喫茶店でお客様と時間を過ごし、昼食を共にし、H社の社員でもないのに同僚みたいな顔をしてH社の執務デスク周辺に戻って行った。
そんなH社のクリエイティブの皆さんと制作会社の私達の日常の信頼関係が熱い仕事を生んできたとおもっている。
IT編集技術の進化から何か無機質で、どんな表現でも実現は可能なのが表現の本質をぼやかしているんじゃないかなと思う。
特に撮影には制約が多く、実写のみでしか表現できなかった時代に育った私たちは本質を見逃さないチカラを学び、養ってきたと自負している。
この気持ちを若い人たちに伝え続けなければいけない、と思っている。
実は数時間前FBフレンズになったカメラマンの清家サン(東映CM同期入社)のnoteに触発され、少し熱くなった土曜の朝でした。
ということは、社内では宮さんと仕事をしたときにアシスタントだったということですかね。あの時代の熱さは、いま、韓国にも中国にもン凝っていないかも。ネットで送って受けて、編集してまた空を映像が走る。機械が人との交流の機会を失わせたのだから。ロケハンも然り、自分の肌で風の強さを感じなく、送られてきた写真を、いや、動画を見て、決めてしまうんではないか。
そうした意味では、映画も面白くない。ストーリーよりも、SF映画ばやりで、3Dにする手段で喜んでいるなんて、涙すら出ない。
短編映画からCM業界に転職したばかりのころ、ついた仕事がブラザー編み機。真冬に春先の映像ということで、蝶々、てんとう虫、蛙などを求めて走りました。
蝶々は多摩動物公園で、てんとう虫は豊島園昆虫舘で、蛙は大学同級生の姉さんが都立大生物学助手をやっていたので、アフリカつめ蛙ってのを調達。今だったら豊富なライブラリやネットで検索すれば難なく見つけられるでしょうが、当時は電話帳と足で探すしかありませんでした。
また、ディズニーランドができる前の浦安の埋立地で、ドンパチ車炎上のアクションCMもありました。何と予算800万円で798万円使っちゃった。
あと当時、日本最大といわれていた大映京都スタジオにブローニュの森を再現するというので、3日前から立会いに行ったら、撮影前日になっても木一本立っていない。仕方ないので一日延長したが、当日の夕方、20人ぐらいのおっさんおばさんがユルユルと荷車を引いてきた。何と丹波から切ってきたという。え~?嘘だろう?丹波って兵庫県じゃないの?ちなみにこの太い木一本いくら?って聞くと40万円という。撮影所に提示した美術費は200万円。ブローニュの森が木5本しか立たないじゃないの!
これらのCM、全部Hさまからいただいたものでした。超手作り、アナログチックなこの体験、今は金払ってもできないだろうなぁ。
ちなみに、萩原さんも清家ちゃんも、私存じております。あまりアクティブなスタッフじゃなかったから、ご記憶にないと思いますが。