冷たさに肩をすくめて振り向くと、日向が冷房で冷え切った指を伸ばしていた。眠たげなまぶたを半分開け、志保を見上げている。体を丸め、ずいぶんと寒そうに見える。自分は恋愛の対象外とは知っていても、じかに肌に触られると心臓が高鳴ってしまう。それを打ち消すためにも、志保はわざわざぶっきらぼうな声を返した。
「クーラー消せば? とりあえずあたし、帰るから。風邪ひくなよ」
日向は答えず、目を閉じたまま気まずそうに笑い、志保の手首をやんわりと握った。
「......なに?」
「まだ帰らないでくださいよ」
「なに甘えちゃってんのよ」
「なに甘えちゃってんのよ、じゃないすよ」
けだるそうに体を起こし、志保の両脇に腕を入れで抱きすくめた。予想外の展開。驚くより早く、志保の頭は興味でいっぱいになった。
これってなんだか面白い。このあとどうなるのかな。されるがままにしておいたら、どうなるんだろう。
唇が触れる。やばい、さっきゲロゲロ吐いたばっかりなのに。でもとりあえず軽くでも化粧を直しておいてよかった。ぐるぐると志保は考える。いやいやそうじゃなくて、もっとつっこむべきことが、今はあったはず。志保は頭を横にそらした。
「あのさ、日向ってゲイだったんじゃないの?」
「は? オレがすか?」至近距離に迫った顔が目を丸くする。「いつどうやってそういうことになったんすか?」
「だってメイ先輩がきいた時にはぐらかしたじゃん」
「はぐらかしたって......芽衣子さん、そんなこと言ってましたっけ?」
「違うの?」
「違うすよ」
わざと答えなかったわけじゃなく、ただ聞こえてなかっただけなのか......。志保はほっとしたのと同時に、試着室で色味のいいトップスをはおってみた時のような気持になった。この服かわいいけど、どの手持ちに合わせればいいんだろう、のような。
ゲイじゃないならこの状況はどう考えたらいいわけ? 目の前にいるこの男は、自分のことをどう思ってこんなことをしてるの? そもそも、私はこの男のことをどう思ってるのよ?
ゆうべ日向の店にいた時は、確かに日向のことばかり目で追っていた。親しげに友達と話す日向を見て嫉妬も感じた。恋をしているのかもしれないと思いもした。その後ゲイ疑惑が浮上して、なぜだか胸が落ち着いた。
なぜだろう。自分で自分の気持ちが掴みきれない。それは志保にとって不本意極まりない状態だった。決着をつけなければ気が済まない。
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