次の過程を、志保は何度も体験してきた。まともに付き合った人とも、そうじゃない人とも。相手と自分の反応を天秤にかけて、何か重要なことを可能な限り詳しく感じ取るための、骨の折れる作業。初めてしたのが17歳だから、10年間だ。同じことの繰り返し。あたしには進歩ってものがないのかな、と自分に呆れてしまう。
一方的にでも私が好きならそれで幸せ。というほど恋愛体質でもない。
楽しくセックスできればそれで満足。というほど快楽至上主義でもない。
中途半端でつまんない人間。
つまんない人間だな、あたしって。なんかこう、突き抜けたものがないんだよな。お絵かき教室だって一生懸命に通ってるけど、ひとが驚くようなものを持っているわけじゃない。二重に整形したことをメイ先輩たちは面白がってくれたけど、整形なんてありきたりすぎてぜんぜんインパクトがない。
しかし日向は、あきりたりでもないし、つまらなくもない人間に思えた。だから気になって仕方がなかったのだ。
ベッドはもちろんシングルで、甘い汗の匂いがしていた。日向はそれほどぐちゃぐちゃのどろどろでもなく、意外性のなさに逆に驚いたくらいだ。片付いていないけれど清潔、という印象は、いろいろなことをした後でも変わらなかった。それは期待はずれでもあったし、不思議と安心もした。
「これ、どうなってるんすか?」
日向は志保のつけまつげの上を人差し指でうっすらと撫でた。
「糸で縫いつけてあんの。ここの、このちょっとごろっとした部分」
「うわ、ほんとだ。ここ、糸入ってんだ。痛いすか?」
日向は相変わらず敬語で、志保はそれを不快には感じなかった。相手と自分の反応を天秤にかける作業は、まだ志保の中で続いている。
「かなり痛い」
「あ、すんません」
「嘘に決まってんじゃん。大丈夫。もう痛くないし、自分でも忘れてくるくらい」
日向は大げさにむっとした顔をして文句を言い、志保は軽く謝った。
「これは痛くなかったの?」志保は、日向の右肩からひじのあたりまで伸びているタトゥを指でなぞった。植物のような炎のような青黒いうねり。「胸の方まで入ってたんだ。きれいだね」
「痛くなくはないけど彫ってるうちに慣れるんすよ。オレ、途中で寝たし」
「そういうもんなの?」
「さあ。痛がる人はめちゃめちゃ痛がるらしいすよ。人それぞれってことすね」
「なんか普通すぎてつまんない答えだな」
「すんません、つまんなくて。ところで今、腹減ってます?」
「減ってない。ぜんぜん」
「じゃ、オレ4時くらいに店に行くんで、今から少し寝て、起きたらなんか食って、それで......」
ふうん、そういうこと言うんだ。しかもさりげなく。きっと誰にでも言えちゃうんだろう。ストレスとか、たまらないのかな。こんなふうに気を使ってばかりいて。もしかしたら本当にあたしのことが好きだったりして。だとしたら、している間もずっと反応を天秤にかけていた自分が、すごく汚い人間みたいじゃん。ごめんねって謝りたくなっちゃうじゃん。
あれ?
本当にあたしのことが好きだったとして、それがどうして謝ることにつながるんだろう。疑ってごめんね、なのか。それとも、好きじゃないのにごめんね、なのか。
志保はベッドに寝たまま、窓辺のカーテンレールを見つめた。2本のスチールはどこまでも平行に並んでいる。ちょうどいい距離で、ぶつかることもなく。
きれい、と志保は思った。
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