4年前の話です。
会社からの帰宅中に交通事故に遭いました。交差点が赤だった為、しばらく地下鉄神谷町駅方向に歩いた後、車が来ないのを確かめて、横断禁止の片側2車線の道路を渡ってしまいました。神谷町駅に向かっての斜め横断ですから私の右斜め後ろから来る車には全く気がつきませんでした。運転者も私の着ていた黒のコートと道路右側の明るいコンビニの店頭照明のせいか、全く私の姿が目に入らなかったと言っていました。
横断禁止の道路を渡ったのですからまずは私に責任があります。しかし道路交通法は歩行者対車両の事故では歩行者保護の観点から車両側にとっては不利に判断されるようです。
1ヶ月半の入院(生まれて初めて)で担当医の先生、看護師の方々、リハビリの療法士の方々には完治に向けて様々なお力添えをいただき、本当に感謝しています。
事故直後に道路端にうずくまり、動けない状態で運転者が救急車を呼んでくれましたが救急車はなかなか来ない。多少のショックがあったのかやたら寒く、痛さよりも寒さが堪えました。道端には会社帰りの通行人が20人ほど集まってしまいました。
『寒い、寒い』というJIZOに若い女性の方が"キリン生茶"のペットボトルをそばの自販機で買って『これで少し温まってください』と手渡してくれました。
その方は近くにあるJ医大病院関係者なのかご自分の携帯でJ医大の緊急入院可否の連絡も入れてくれたりもしました。
ようやく救急車も到着しました、今思えば当たり前ですが救急隊員たちはまず私の受傷の状態を確認し応急手当を施し、それから搬送先の交渉を行います。師走の夜の9時頃、なかなか受け入れてくれる病院が見つかりません。救急車内のストレッチャーに乗せられて交渉の一部始終を聞く事になります。
ようやく受け入れ先が決まりました。市ヶ谷のK病院です。サイレンを鳴らしながら走る救急車の中で気がつけば、キリン生茶を買ってくれたあの女性に御礼を言っていない。お名前も連絡先も聞いていない。
あれから4年、キリン生茶のペットボトルを見るたびにあの日の寒さとペットボトルの暖かさ(名前も分からないあの女性の暖かさ)を思い出します。
退院後にJ医大病院に問い合わせてみましたが、手がかりがが無く、その後は探すに探せません。今では心の中に彼女の姿をとどめ、今後のJIZO人生の中に生かしていくことでお許しを頂いている次第です。
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